カーネーションの花の由来はは?歴史と種類についても紹介

2016年は5月8日は母の日です。

母の日と言えば、カーネーションという感じがしますが、カーネーションって花の由来はどこからきているのでしょう?そして、今ではすっかりメジャーな花ですが、どんな歴史を持ち、日本にはいつごろやってき
たのでしょう?そして、カーネーションって何種類あるの?

いろいろ気になること、紹介したいと思います。

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カーネーションの花の由来は

カーネーションという名の由来は諸説あって、語源由来辞典によると、「冠(corona)」に関連する説が有力とされています。英語の「Carnation」に由来し、シェークスピアの時代に戴冠式を意味する言葉が「coronation」と表記されたものもあって、その説が取られているようです。

では、なぜ「冠」なのか?

ひとつにカーネーションの花の形が王冠に似ているから
もうひとつに神の花冠にもちいられたことから

などと言われています。

他の説として、品種改良される前のカーネーションが肉の色に似ていることから、ラテン語の「caro(=肉の意)」があります。

カーネーションの歴史

カーネーションが生まれたのは旧ソ連のコーカサス地方。古代ギリシャ時代にはすでに栽培が始まったといわれています。ギリシャ神話にも美しい娘の生まれ変わりの花として登場しています。

カーネーションはその後、ヨーロッパに持ちこまれます。10世紀の初め南欧に侵攻したノルマン人が原種を故国へ持ち帰り、イギリスへ伝えたとする説や、13世紀に十字軍によってヨーロッパーに持ちこまれた、とする説などありますが、いずれにしても、ヨーロッパに入り、16世紀にはヨーロッパを中心に広く盛んに栽培され始め、17世紀の中頃には基本の色が揃いました。

現在のカーネーションの誕生は、19世紀です。フランスではその頃カーネーションの品種改良がさかんで、そのため様々な種類が生まれました。1840年にダルメイスが「パーペテュアル系」を作りだし、1857年にはナポレオンの皇妃であるジョセフィーヌが保護した庭園で「マルメゾン系」が生まれました。

こうして誕生したカーネーションは、徳川時代に日本へやってきました。『地錦抄録』(1733年)には、徳川家光の時代の正保年間にオランダ船によってもたらされたとあります。しかし、このときには日本には定着せず、1661年から1672年までの寛文年間に再び伝来し、14種品種が紹介されました。

明治になると、土倉龍治郎が近代的栽培技術や体制を構築し、新しい品種を生み出し日本にカーネーションを定着させました。1932年に大日本カーネーション協会を設立しています。これら業績により、土倉は「カーネーションの父」と呼ばれています。
全くの余談ですが、土倉はカルピスの創業にも大きく関わっています。

現在、カーネーションの市町村別生産額日本一は、愛知県西尾市一色町地区です。

また、スペイン、モナコ公国、ホンジュラスの国花にもなっています。

カーネーションの種類は

カーネーションって、現在日本でどのくらいの品種が扱われていると思いますか?

現在農林水産省に品種登録されている品種は、なんと約3500品種!!!
開花期によって大きく分けると、4月から6月に開花する「一季咲き性品種」と、条件がそろえばいつでも開花する「四季咲き性品種」があります。切花では、「マルメーゾン種」「ボーダー種」「グルナダン種」「ファンテジー種」「マーガレット種」「シャボー種」「パーペチュアル種」が有名です。

形状で分けると、スプレー品種大輪品種(スタンダード品種)の2つにタイプが分かれます。

スプレー品種とは1本の茎に3つ以上の複数個の小さめの花がついているタイプです。ほとんどが八重咲きで、ごく一部が一重咲きです。

大輪品種とは1本の茎に1個の大きめの八重咲きの花がついているタイプです。

フィギュアで話題になったムーンダストは大輪品種です。
ムーンダストについては
こちら→楽天でカーネーションのムーンダストは買える?価格と花言葉
に詳しく書いてます。

まとめ

古い歴史を持つカーネーション。店頭に並ぶカーネーションの一つ一つに脈々と受け継がれていった歴史の流れがあるのかと思うと、目の前にある花一輪にも大きな意味合いを感じますね。

母の日にも感動的な由来があり、それらを考えると、母の日にカーネーションが外せない理由が分かりますね。お店で目にとまったお気に入りの1本を大切なお母さんに贈るのはいかがでしょう。

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